為虎添翼ではないけれど



 初めてソレに気がついたのは虎徹がバーナビーをかばった時の夜だった。
 今までに何度となくアンダースーツに着替え素肌を見ていたのにも関わらずバーナビーは気にも留めていなかった。
 否――もしかしたら虎徹自身をきちんと認識したのはこの時が2度目だったせいかもしれない。
 もちろん1度目は爆弾騒ぎの時だけれど。

 いままで気にしていなかった虎徹の素肌に自分との肌の色の差を感じながら丁寧に包帯を巻いてゆく。
 そのときちらりとバーナビーの視界の端にソレは写り込んできた。
 しかし包帯を巻くのに集中していたが為にバーナビーはこのとき見たものをきちんと認識することは無かった。

 それから暫くの時が流れた。
 二人の間柄がただの相棒ではなく恋人というカテゴリが追加され虎徹に抱かれることに慣れてきた頃、再びソレはバーナビーの目に写り込んできた。

 ただバーナビーは目を奪われ、言葉を失った。
 彼の、虎徹の培ってきた10年以上ものヒーローしての時間とまざまざと目の当たりにされ言葉すら出せなかった。
 それほどまでに強い衝撃を与えるモノを虎徹の背中にはあったのだ。
 名前だけではなくその身にすら虎を飼っていたのか――と思わせるほど見事な虎が虎徹の背中には居た。

 ちょうどいま虎徹はバーナビーに背を向けるような格好のまま上半身だけをベットから起こし、シュテルンビルトに目をやっているところだろう。
 乱雑に己の髪の毛をかきながらそれでもただただ彼の生き様のように真っ直ぐに背を伸ばしたままに。

 ――恐らくソレは偶然の産物なのだろう。
 大小様々な傷跡とケロイド状だったであろう古い怪我が上手いこと折り重なり収まりあったのだろう。
 皮膚に出来た凸凹が上手く陰影を描き上げ、ある一定の角度からでしかその虎は浮かび上がってこないのだから。
 なにより、浮かび上がるたびにバーナビーの目を奪う背中の虎は虎徹の些細な仕草と微かな筋肉の動きで表情すらも変わってゆく。
 目元が和らぎまるで背中の虎が笑っているように見えたり、逆にしょぼくれて悲しそうな表情にも見えたりもした。
 時には差し込む月明かりが一筋の涙のようにさえ見えバーナビーの心を痛ませた。

 表情が豊かで感受性の強い虎徹らしい虎だな、と思える程度に見慣れてきた頃バーナビーは不意に触れて見たくなった。
 そっと伸ばした指先は平均体温が低いせいか冷たかったらしく、虎徹の体がビクリと揺れた。

「あっ、ごめんなさい」
「いやびっくりしただけだから。それよりどうかしたのか?」

 振り向いた虎徹は甘ったるい眼差しと表情のままバーナビーに近づき抱き寄せた。
 とたんに自分とは違う体温の心地よさにバーナビーは目を閉じかける。

「いえ、その……背中に触ってみたくて」
「背中? まぁ別にいいけどなんも面白くもないと思うぞ?」
「そんなことないですよ?」

 きょとりとした表情のままバーナビーが返事をすればお前がそう言うならいいか――といって虎徹はバーナビーの好きにさせてくれた。
 背中をなぞり微かな凹凸を指先から感じながらどうか、どうか――とバーナビーは願わずには居られなかった。

「……虎徹さん、背中にキスしてもいいですか?」
「ん? そりゃー構わないが……」

 近くで見ればみるほどただの傷跡にしかみえないそれらだけれど、確かにこの背中には虎が宿っているのだ。
 その傷跡のなかから恐らく目と額であろう場所にバーナビーは口付けを送った。

 背中に宿る虎よ、どうか、どうかこの人を護って下さい――と願いを込めて。

「もういいのか?」
「えぇ。ありがとうございます」
「んじゃ寝るか。……辛いだろ?」
「辛いですけど――幸せな痛みですからいいです」

 ばーかと言いながら虎徹はバーナビーを抱き寄せそのまま互いの体温を交換しながら眠りについた。
 けれどバーナビーは翌日気がつくのだ。彼自身の指先が虎徹の背中に傷つけ、それがまるで虎に翼が生えたように見えるその瞬間を――。


    ――― END ―――

【 初出:2011/11/20−Pixiv『 為虎添翼ではないけれど 』より 】