Tiger smile



 予定されていた会見が開かれると待ってましたとばかりにカメラマンたちは壇上に登ったメンバーたちにフラッシュを浴びせた。
 同時に集まった記者たちは口々にアポロンメディアのCEOであるマーベリックが起こした一連の事件について口々に叫んだ。
 疑問を投げかける者が居れば、言葉悪く罵倒する者さえいる。聞くに耐えない言葉がたくさんの刃となってバーナビーの体を突き刺してゆく。

 けれどバーナビーは決してその場から逃げようとはしなかった。
 強く、強く握りしめた己の手の痛みが現実を教えてくれていたから。
 虎徹の無実を証明するためにも、なにより他のヒーロー達と違いバーナビーは唯一顔出ししているヒーローなのだ。
 一人位説明役としてヒーローが居なければ、と自らこの壇上に立つことを志願した。

 バーナビーにとってマーベリックは確かに後見人だった。
 しかし暖かなぬくもりを与えられたわけじゃない。何かを気にして貰っていたが実際は記憶に破綻がないか監視していたに過ぎないだろう。
 なにより将来ヒーローTVを盛り上げるための駒でしかなかったのだから。

 しかしその事実が、現実がバーナビーに重く伸し掛る。
 短期間で色々なことが起きたせいと、記憶という己を確定するための物を改竄されていたせいもあってバーナビーの顔色は良くない。
 白い肌は病的なまでに透き通り、正直立っているのさえ辛い。
 しかし本当の意味で全てを終わらせなければ――という一心で彼は壇上に立ち苛立つ記者たちの質問に応え続けた。

 そんな時だった――。

 聞き慣れた優しい声と友に背中に温もりを感じ、ふらつきかけたバーナビーの体を支えてくれたのは。
 一瞬の出来事が認識出来ず、ぼんやりとバーナビーは虎徹を見やる。
 バーナビーよりも高い体温の手が、現実だと教えてくれる。
 けれどバーナビーの思考はぼんやりと霞がかったままなんでここに? という単語だけが繰り返し浮かんでは消えていった。

 それもそのはずだ。
 アンドロイドを倒す為にバーナビーが放った一撃で虎徹は怪我をし、病院で治療中のはずなのだから。
 指名手配されていた時と同じ服装と、アイパッチに会見の会場はざわめく。
 そんな周りの空気を気にすることなく虎徹はバーナビーの頭をくしゃりと撫でた。
 ついでとばかりに一人で無理すんじゃねーよ、と小言を一つ。

 ざわめきの中に虎徹のフルネームを呟く声と、アイパッチを見てヒーロー名が囁かれる声が入り交じって聞こえてくる。
 バーナビーに向き合っていた虎徹はくるりと体の向きを記者たちに向け、会場内に居る全ての人達の顔をじっと見入るように首を動かした。バーナビーを支えている手はそのままに。
 たったそれだけの行動で先ほどまでざわめいていた会場が静寂に包まれた。

 ぼんやりとした眼差しで虎徹を見ていたバーナビーは気がつけないでいた。
 実際に虎徹の目が雄弁に語っていたのだ。きつく、鋭い眼差しはいつになく真剣で逆らうことを許さなかった。
 だからこそ虎徹は視線だけで周りに居る記者たちを黙らせた。
 旬を過ぎたロートルだと言われようとも伊達に10年以上ヒーローはしていない。
 死線を掻い潜ってきたからこそ持ち得る眼差しに一般の人では太刀打ち出来ないのだから。

 どこか心あらずなバーナビーの名前をつぶやき、背中を二度三度と軽く叩く。
 バーナビーとの目線が重なりあい、驚きつつも目に力が戻ったのを確認してから虎徹はハンチングとアイパッチを外した。
 再びざわめいた会場内をもう一度ぐるりと見渡してから虎徹は気配を和らげ謝罪の言葉を述べたあと頭を下げた。

 一連の当事者であり、最大の被害者である虎徹は己が指名手配されていた本人であり、ワイルドタイガーであることを公表した。

 虎徹の言動に虚を突かれた形となった記者たちは言葉を発することさえ忘れ紡がれてゆく言葉に耳を傾ける。
 あまり人前で話すことに慣れていないのにも関わらず虎徹の言葉は遮られることなく話し続けた。
 先ほどまでロイズやバーナビーの言葉と重複している部分はあった。
 しかし困り果てた表情を湛えながらも虎徹の眼差しは先程とうって変わって酷く優しかった。
 陥れられた時の心情を切々と語りながらも俺で良かった、と他の奴が陥れられなくて良かった――とはにかむ。
 更には他のヒーロー達だって被害者であることを忘れないで欲しいと口にし、再び頭を下げた。

 我を忘れていた記者たちは罵倒しようと口を開く前に虎徹の言葉で遮られた。
 ――俺は全てを許すと決めたから、と。
 虎徹の真摯な態度に言い放たれた言葉に嘘はないのだと知らしめた。

 ここまで大きな事件として取りざたされて、今後ネクストへの非難や差別が始まるかもしれない。
 だからこそ敢えて当事者であることを隠さず今この場を借りて言わせて欲しい。
 心配そうに見つめるバーナビーを安心させるために、笑顔を向けたあと言い放つ。

 ――ワイルドタイガーこと、鏑木・T・虎徹は全てを赦すためにこの場に居るのだ、と。

 ヒーローだからですか! と声が叫ばれた。
 虎徹はふと目を和らげながら、人間だから憤りも感じるし悲しみも確かにある。
 けれどどこかで許さなければ悲しみの連鎖が続くだけだ、凛とした佇まいで言い放った。

 さらに目を伏せながら虎徹は続けた。
 子供が悪いことをしたら叱るよな? でもその後ちゃんと罪を償ったり謝罪出来たら赦してやるよな?
 あんまり出来がいいとは言えないけど俺も人の親だからいつまでもだわかまりを持っていて欲しくねーんだ。
 ヒーローとしての仲間であり競争相手だからこそフェアに行きたい。まぁ今後ヒーローTVがどうなるか分かんねーけど、と。

「それにこれ以上傷ついて欲しくねーんだ。一番の被害者である俺にしか言えない言葉だろうか。
 ――だから俺は全てを赦すよ。罪は償ってもらうけどな」

 ネクストの能力は持ち得ない人にとっては理解出来ないものであり、時には恐怖に陥れるものかもしれない。
 なにより自分自身に無いモノを理解しろっていうのは難しいことだ。
 だけど忘れないで欲しい。ネクストの能力持っていても人は人にしか慣れないのだから。
 そしてネクストの能力はその人自身が持つ個性の一つにしか過ぎないということを――覚えていて欲しい、と。

「あぁ、そうだ。悪いけど俺らはこれで失礼させて貰うわ」

 バーナビーと相棒の名を呟き次いでしっかり捕まってろよ、と囁く。
 重体だったはずの虎徹はあっさりと、でもどこか妙に慣れた手つきでバーナビーの体を持ち上げた。
 驚いて声が出ないバーナビーは落ちないように咄嗟に虎徹にしがみつく。
 それに気を良くした虎徹は「恥ずかしかったら顔を埋めとけよ」とバーナビーにだけ聞こえるように囁いた。

「――これでも俺らふたりともドクターストップが掛かってる身でね。
 だからちょっとばかしヒーロー業は休ませて貰うぜ?」

 茶目っ気たっぷりに笑ってウインクをしたあと、虎徹はふわりと自愛に満ちた眼差しを抱き抱えているバーナビーに向けた。
 親が子を守るような、大切な宝物を見るかのように纏う空気すら優しくしてバーナビーと共に足早に立ち去った。
 これ以上バーナビーが要らぬ言葉に、視線に傷つかないように――。
 ほんの少しだけ彼らに嫌味を込めて――よい週末を、と微笑みながら。

 会場から廊下へ出ればストレッチャーと救急隊員らが二人を待ち構えていた。
 先ほど虎徹が言っていた通り本来なら二人共ドクターストップがかかっているからだ。
 医者達の制止を振りきって会場入りした虎徹と、顔色が悪くいつ倒れてもおかしくないバーナビーの為に手配してくれたのだ。

 すみません、と言いながら虎徹はお姫様抱っこで抱きかかえていたバーナビーをストレッチャーの上に下ろした。
 救急隊員たちはそれぞれに無言で頷き、先を促すことにした。

 救急車に搬送されるまでの道すがらバーナビーは微かな声で虎徹へ謝罪の言葉を口にした。
 気にすんな、という虎徹の言葉を聞いてもバーナビーの心が晴れることはない。
 だからか――虎徹はいっそヒーローコールをタイガー&バニーにでもすっか、と提案する。
 ぐっと顔を顰めたバーナビーを見て虎徹はほくそ笑んだ。

「………………それ、でもいいです」

 葛藤もあるだろうに、それでもバーナビーは虎徹の提案を承諾した。
 しかし発言した虎徹がすぐに「冗談だよ」と言い放ち、バーナビーの髪の毛をくしゃりと触れた。
 きょとんとしたままのバーナビーを見て虎徹は穏やかな口調で言葉を続けた。

「――俺から奪わないでくれよ。バニーって呼べる俺だけの特権をさ」
「っ! だから僕はっ!」
「うん知ってる。でもバニーって呼ばれて俺のこと思い出してくれる程度には「特別」だろ?」
「……恥ずかしい人ですね」

 目を見開き、徐々に顔を赤くしながらもバーナビーからは辛辣な言葉ときつい眼差しで睨まれる。
 他のヒーロー達は娘が偶然コピーしていた能力で思い出してくれた。唯一ブルーローズだけは信じようとしてくれたけれど自分自身で記憶を取り戻した訳じゃない。
 けど、バーナビーだけは違う。「バニー」という言葉だけで虎徹のことを思い出してくれたのだ。それが何よりも嬉しい。
 相棒として、惚れた相手として一層愛おしくてたまらないし、嬉しくて仕方ないのだ。

「俺は全てを赦すって言っただろ。だからもう謝罪の言葉は要らない。
 ……けどそれじゃお前の気が済まないだろうから、代わりに俺がバニーって呼ぶのは赦してくれよ。
 それでチャラにしようぜ」
「――お人好しすぎですよ、虎徹さんは」
「こんな奴が一人位いてもいいだろ?」

 へにゃりと笑えば「仕方ないですね」とバーナビーは優しい笑みを浮かべた。

 二人ともすっかり失念していた。
 バーナビーに会見用にと付けられていたピンマイクが会話を拾っていたことに。
 そして会場内で虎徹がバーナビーへと向けた笑顔は生中継されており、視聴していた全ての人達の目に止まっていたことに。

 翌日の新聞にでかでかと写真が掲載されることとなる。
 バーナビーをお姫様抱っこしながら優しい眼差しを称え、穏やかな微笑を浮かべた虎徹の写真が。
 それは後々タイガースマイルの愛称で呼ばれ、親しまれることを――彼らはまだ知らない。


    ――― END ―――

【 初出:2011/09/17−Pixiv『 Tiger smile 』より 】