その花の名は。



 秋も深まり、そろそろ冬に差しかかかかろうとする今日虎徹は陽が落ちかけたシュテルンビルトの街中をゆっくりと歩いていた。
 今日はもう会社に出向く必要も無い。だからこそ虎徹は街中を散歩しようと思ったのだ。
 この街を守り続けるヒーローとしての気持ちがそうさせたと言っても過言じゃないが。

 不意に虎徹はきょろきょろと辺りを見回すと、ある一点で視線が止まる。
 少しだけ驚いた虎徹は通りに車が来ないことを確認してから、反対側にある住宅へと足を向けた。

「……へぇ。まだ咲いてんだ」

 珍しいものを見つけたときのように穏やかな笑みで虎徹はその花を見つめる。

 見知らぬ住宅の敷地内でひっそりと咲き誇る花はとても美しく、十分すぎるほど虎徹の目を楽しませてくれる。 
 こういう出会があるからこそ街中をぶらつくのはやめられない――と思うのだ。
 花の種類によっては匂いの強いものがあるのは知っていたが、この花はさほど匂いがきつくないタイプらしい。

 優しい匂いに誘われるように虎徹は花に顔を近づけた。
 はたから見れば花に口付けるような格好のまま。
 ――くすくすと敷地内から声がして慌てて虎徹は顔を上げ驚いた。
 薄紫色のストールを羽織った上品そうな白髪の女性が柔らかな笑みを浮かべながら虎徹を見つめていたからだ。

 あまり物怖じしない虎徹とはいえ、さすがにご婦人という言葉が似合う女性に笑われてしまえば恥ずかしさが募る。
 ついハンチング帽を深めにかぶり直しながらすみません、と謝罪の言葉を紡ぎその場から立ち去ろうとすれば逆に声をかけられた。
 気に入って下さったのだからどうぞ持ち帰って――と。

「……なるほど。それでそのまま家に来た、と?」
「おじさんにこの花は似合わねーだろうよ」
「それもそうですね」

 バツが悪そうに後頭部を掻きながら虎徹は持っていた花をバーナビーに手渡したのだ。
 自分が持つよりも似合うであろうバーナビーに躊躇することなく彼の家の玄関で。

 花を手渡されたバーナビーは初め怪訝そうに虎徹を見ていたが理由を聞いて納得したらしくどこからか流線型が美しいクリスタルの花瓶に花を活け始めた。ただ一輪を残して。
 普段、疑問に思ったことをストレートに口に出す虎徹は一緒に活けないのか? とバーナビーに問いかけた。

「貰ったのはおじさんでしょう? せめて一輪くらい持ち帰ってあげてもバチは当たらないと思いますが?」

 と返され、それもそうかと虎徹は納得する。
 ただ虎徹は知らなかった。花束の本数によって相手へ伝わる言葉の意味があったことに。
 そして10本あった花から1本だけを手渡されたその意味を。

 バーナビーは花を長持ちさせるための方法は調べてもその花自体のことは調べなかった。
 だからこそ季節が巡り同じ花を見かけたときに虎徹の思いを知る。
 鮮やかに咲き誇る赤い花弁と、その花弁の裏側には梔子の色ににた淡く優しい色が入った薔薇に「希望」という名が付けられていたことを――。


     〜 Fin 〜

【 初出:2011/06/11−Pixiv『 その花の名は。 』より 】