今日は二人揃って病院での定期検診日だった。
常に危険と隣り合わせであるヒーロー業は体が資本なのだから、と会社から義務として言い渡されていたからだ。
もっとも異常がない――過去のデーターと変わらない――ということで今日は直ぐに開放されたが。
問題は病院から会社へ戻るためにバイクに乗り込もうとした瞬間に起こった。
人目に付きにくい場所にバイクをとめてあったのも災いした。
二人にとってちょうど死角になっていた柱から一人の男が現れ、バーナビーに対してナニかを打ち込んだ。
とっさに能力を発動させたバーナビーは相手の男を組み敷き拘束し、警察を呼んだ。
たまたま病院の側をパトロール中だった警察に男の身柄を引き渡したときだった。
にたぁり――まさにそんな言葉が相応しい不気味な笑みを浮かべながら警察に連行された。
それはもう直感でしかなかった。
気持ち悪い笑みが虎徹に語りかけ、嫌がるバーナビーの腕をひっぱりながら病院へと戻り、精密検査を受けさせたのは。
もちろんバーナビーからの罵倒は精密検査の結果が出てくるまで続いたが。
――結果から言えば黒だった。
男がバーナビーに打ち込んだのはこのところ世間を賑わせている事件のウイルスだった。
最初はただの偶然だったのかもしれない。けれど幾度となく改悪をへて最終的には吸血病を発症させるウイルスとなった。
作り出した男は思ったのだろう。どうせなら人に試してみたい――と。
拉致られたのか、金のために実験台になったのか分からない。
けれど数人の浮浪者にそのウイルスは打ち込まれ発症させてから、夜のシュテルンビルトに放たれた。
しかし馬鹿なのか、愚かなのか分からないがご丁寧に犯行予告が出されていたことと、ヒーロー達の迅速な行動のおかげで新たな感染者を出すこともなく事件は片付いた――と昨晩誰もが思っていた。
唯一ウイルスを作り出した男の行方は分からずじまいだったが直接バーナビーにウイルスを打ち込む愚行により己の犯行を露呈し、吸血病の事件そのものは完全に終を告げた。
警察の取り調べでわかったのだが、付き合ってた女がバーナビーに惚れ込み振られたから――となんとも馬鹿らしい理由で狙いを定めたらしい。
これに関してバーナビーは一言、馬鹿らしい――とその場で切り捨てた。
そのあとバーナビーは出来上がったばかりの吸血病患者の血清を点滴され大事をとって自宅待機を命じらる。
何かがあったら困るから――と上司命令で虎徹も一緒にバーナビー宅に向かうことになったのだが、その意見をバーナビーは拒否する。一人で大丈夫ですから、と。
けれど「無意識にハンドレッドパワーが出たとき誰が君を抑えるのかね?」という台詞に嫌々ながらも従うはめになってしまったのだ。
虎徹から珍しく「ヒーローが吸血病を発病して一般市民を追ったらどーすんだよ」と正論を解かれショックを受けたのは本人だけの秘密だろう。
バーナビーの自宅に帰宅してから間もなくの事だった。
これ以上無いくらいに不機嫌だったバーナビーが突如低いうめき声をあげながら苦しみだしたのだ。
痛みのせいか無意識に能力を発動させていたバーナビーを虎徹はなんとか抱き寄せ、必死に声を声をかけ続けた。普段呼ぶことの無い彼の本名を懸命に。
やがてしゅうしゅうと何かが蒸発するような音がおさまったころ、虎徹の腕の中にいたバーナビーの姿は一変していた。
「えっと……バニーちゃん?」
明らかに今までよりも小さくなったその姿に目を奪われながら、虎徹は恐る恐るバーナビーに声をかける。
痛みから解放されたせいか、バーナビーはぼんやりとしたまま虎徹を見上げた。
縋るようにぎゅっと虎徹の服を握り締めながら。
「な、んですかおじさっ!? ……えっ?」
とっさのこととはいえ、発せられた声の高さに気がついたらしくバーナビーには驚愕の表情を顕にした。
めいいっぱい見開かれた目は潤み、今にも泣き出しそうなほど。
「……大丈夫か?」
「これが大丈夫に見えるんですか! おじさんはっ!」
けれどすぐに表情は顰められ、バーナビーは口を真一文字に結ばれ、次第にわなわなと震え始めた。
どうやら自分がどういう状況に置かれたのか、窓ガラスに映っていた姿で気がついたらしい。
「あ〜うん。ごめん、見えねぇわ」
いきなり胸ぐらを掴まれ、思い切り睨まれながらも虎徹は気にすること無く、抱きしめる力を強めた。
大丈夫、大丈夫だから――と気休めにしかならない言葉を紡ぎながら。
「なにが大丈夫なんですか! こんな子供の姿になったっていうのに貴方はっ!!」
「なっちゃったもんは仕方ないだろう。今から病院行ったってどうせ精密検査が待ってるだけだろう。
だったら現状を把握したほうが得策だろうよ」
「おじさんに正論を説かれるとは……。でも確かに一理ありますね」
「一言余計だっつーの! んでだいぶ若返ってるようだけど今のバニーちゃんは幾つくらいなのよ?」
「そうですね――多分15、6の頃だと思います」
虎徹の問に改めて自分の姿を見たバーナビーは深い溜息をつく。
「なぁバニーちゃん」
「だから僕はバーナビーだと言ってるでしょう!」
外見は幼くなったとしても中身までは退化したわけではないバーナビーはいつもの台詞を口にする。
けれどじぃっと虎徹に見られてしまいバーナビーは一瞬たじろいだ。
「うん、眼の色赤くなってねーな。ってことは病気は発症してないってことだよな?
良かったなぁバニーちゃんの目、孔雀石とおんなじ綺麗な色ののまんまだ」
抱きしめたままの虎徹はわしゃわしゃと両手でバーナビーの頭を撫で回す。
安堵の笑みを浮かべながら、本当に嬉しそうに何度も。
「――っ!」
「いってぇ!! ちょ、バニーちゃんなんで発病してないのにおじさん噛むのっ!?」
「噛みごたえのありそうなのが目の前にあったからに決まるでしょう?」
「ひでぇよ、バニーちゃん……」
ふふん、と鼻で笑いながらもそっぽを向いてしまったバーナビーは虎徹の表情を完全に見逃していた。
先程まで浮かべていた笑みとは異なる、悪戯を思いついたときの嬉しそうな笑みに切り替わっていたことに。
そして金色の近い琥珀色の目は細められ、獲物を狙う肉食獣のような鋭さを持ち得ていたことに。
「うっ、あぁっ……!」
突然の痛みにバーナビーは目を見開き、声を上げた。
そして窓辺に映りこんだ己の姿に羞恥心が刺激され、一気に体が熱くなった。
「――お仕置き、しなくっちゃなぁ?」
ベットの中で語らう睦言と同じように――いや、それよりも意図的に低く掠れた声を聞かされたバーナビーは脳を揺さぶられた。
窓ガラスが映り出す姿はそのままダイレクトにバーナビーの視線を釘付けにした。
バーナビーが虎徹に噛み付いたように虎徹もまたバーナビーに噛み付き、さらに首筋に舌を這わし始めたからだ。
噛み付いたところばかりを重点的に、そして窓ガラス越しに視線が合うたびに妖艶な笑みを浮かべて。
「い、やっ……だっ!」
虎徹に触れられている場所からは熱の花が咲きほころび、同時にバーナビーの腰の奥に甘い疼きを与え始める。
小さくなってしまったバーナビーにとって今まで着ていた服は既に意味をなさず、あっさりと虎徹の節くれた手の侵入を許してしまう。
「先に噛み付いて来たのはバニーちゃんだぜ?」
虎徹の熱い手がバーナビーのモノを握り締め、刺激を与えてゆく。
ゆるく、ゆるく指先が触れる程度の軽い刺激だけを。
「キャリアかもしれないのにさ……」
耳元で囁かれたバーナビーはその時初めて自分の犯した失態に気がついた。
いくら姿が幼くなったとしても体から吸血病ウイルスが完全に消えた訳ではない、ということに。
「最後まではしないから安心しろよ? 精密検査じゃナニされっか分かんねーからな」
「ご、め、んな……さ、ひっ!」
「素直なバニーちゃんは好きだぜ?」
虎徹自身、バーナビーがまさか自分に噛み付くとは思っていなかった。
ただの憶測に過ぎないが恐らくバーナビーの体内にあるウイルスは既に無効化されているだろう。
病院で受けた血清と、とっさに発動させたハンドレッドパワーの治癒能力のおかげで。
だからこそ虎徹は噛まれても取立て騒ぐこと無くバーナビーに対してお仕置きをしようと決めたのだ。
今宵はいつもと違った愛し方を、それもとびきり緩やかに高ぶらせてみよう――と。
涙がたまり、今にも零れ落ちそうな目尻に虎徹は唇と落とし名を呼んだ。
呼ばれたバーナビーは覚悟を決めたのか、体から力を抜き、そのまま虎徹の腕の中に身を預ける。
虎徹の指先がバーナビーの後頭部を固定した直後、それを合図に口付けを交わす。
啄むように軽いものから徐々に互いの舌を絡めとる激しいものへ――甘い激しい口付けを繰り返す。
お互いだけが許されたことを求めるために長い長い一夜を過ごすための合図として――。
さて、どうしたもんか――。
虎徹はキッチンでお湯を沸かしつつ、左手で右側の首筋の根元をさすりながら一人ぼやく。
「どうすっかなぁ。コレ……」
バーナビーに噛まれた場所は思いの外くっきりと残ってしまったのだ。
服を着ていればばれる心配は無いとはいえシャワーを浴びている最中に見つかってしまえば他の奴らにバレてしまう。
もっともウイルスのことをきちんと説明すれば皆わかってくれるだろう。
まだベットで眠り続けているバーナビーのことを思うと少しだけ申し訳ない気持ちになる。
ただたまにはこうやってマーキングされるのも悪くない――と思ってしまうのも事実だった。
惚れた相手だからこそ余計に、傷すら愛おしくて仕方ないのだから。
〜 Fin 〜
【 初出:2011/06/03−Pixiv『 許されたこと 』より 】