それはヒーローたちが使っているトレーニングルームでの出来事だった。
バランスを崩し、後ろ向きに倒れかけたカリーナはとっさに後頭部を庇うため顎を引く。
けれどぽふっ――という音とともに温かく硬いものにぶつかった。
それがネイサンだと分かったのはカリーナの上から聞き慣れた声が降ったからだ。
「あらあら、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よファイヤーエンブレム」
「無事でなにより――と言いたいところだけどドラゴンキッドはどうしたの?
貴方をを抱きしめちゃって。……可愛いわねぇ」
最後のほうは独り言のように小さな呟きとなってカリーナの耳に届いた。
同時に行き場を失ったカリーナの手をネイサンが下から支えるように包みこみ、体を安定させる。
一連の動きをスマートにこなせるのはさすがと言うべきだろう。
もともとカリーナにとってファイヤーエンブレムは同じヒーローとしての仲間であり、女性という認識でいる。
だが、男性特有の厚い胸板にもたれかかったままの格好は年頃の女の子としては恥ずかしくて居た堪れない。
しかも今はネイサンが喋ったようにドラゴンキッドであるパオリンがカリーナを抱きしめているのだ。
それも思いっきり腰をホールドしたま遠慮無く胸に顔をうずめたて。
「私にも分からないのよ。いきなりドラゴンキッドに抱きつかれちゃったから……。
でも床に頭をぶつけずにすんだのは助かったわ、ありがとう」
「一番近くに居たもの。それにとっさにコレくらいできなきゃね?」
ぱちん――と一つ綺麗なウインク付きで返事をされて、あまりにも様になる仕草にカリーナの頬はほんの少しだけ赤くなる。
ネイサンの仕草にこっそり女として負けられない――と思ったかどうかはカリーナ本人のみぞ知る。
「ところでドラゴンキッド、そろそろカリーナからどいてあげないとダメよ?
見たところまだトレーニングもしてないようだし……」
「やっ!」
「――っ! ちょ、ドラゴン痛いっ! 痛いからっ!」
どうやらパオリンはさらに強くカリーナを抱きしめたようだ。
しかし体が資本であるヒーローにとって体を痛めるのはご法度。
そのことをパオリンは十分に理解しているはずなのに、カリーナから離れようとはしない。
ネイサンはネイサンで仕方ないわね、と苦笑いしながらパオリンに話しかける。
「そんなに強く抱きしめちゃったらカリーナが怪我しちゃうわよ」
「あっ! ――ごめんなさい」
身長差のせいで自然と上目遣いになっててしまうパオリンを見ることになったカリーナとネイサンは「こういう所は素直で可愛いのよね」と同じことを考えていた。
ぎゅっと抱きしめていた力は弱まったが、いっこうにカリーナから離れようとしないパオリンをみてカリーナは疑問をぶつける。
「ねぇドラゴン、なんで私に抱きつくの?」
「ん? だってカリーナが一番気持ちいいんだもん!」
それはそれはいい笑顔でパオリンは無邪気に即答し、なにげなく周りに居た男性陣はそれぞれの反応を示す。
虎徹とアントニオは「だからか……」と苦笑いしながら言葉を発し、キースは「私はダメなのか?」としょぼくれる。
イワンはイワンで耳まで真っ赤にし、一人あわあわしていたところをアントニオに宥められてほっとしていた。
一見バーナビーはなんら変わらない表情に見えたが一瞬だけ驚いた気配を放ったのを隣に居た虎徹だけが気づいた。
抱きしめられたままのカリーナはパオリンの台詞に絶句し、未だに彼女の後ろに佇むネイサンに縋るように視線を移す。
「もしかして昨日皆に抱きついてたのはコレを確かめたかったからなのかしら?」
「皆じゃないよ? ボクはバーナビーと折紙には抱きついてないから」
「そういえばそうだったわね。でも危ないから抱きしめたいなら気をつけなきゃダメよ?」
「うん! 気をつけるっ!」
「……わかんないんだけど」
カリーナの呟きにネイサンは逆に質問を投げかける。
数日前にドラゴンキッドとぶつからなかった? と。
「それなら確か……2、3日前にぶつかったけど、それがどうかしたの?」
「ふふっ。ほら、最近ドラゴンキッドが他のメンバーに抱きつくようになったでしょう?」
「そういえばそうね」
「だけど逆にブルーローズには抱きついたことなかったわよね」
「……えぇ」
「だからじゃないかしら」
「???」
「んもう、察しが悪いわねぇ。ドラゴンキッドにとって抱きつくなら女の子である貴方のほうがイイって言ってんのよ」
ネイサンの言葉を肯定するかのようにパオリンは何度も頷いた。
パオリンのきらきらとした瞳をうっかり覗き込んでしまったカリーナは後悔し、深い深い溜息のあと言葉を繋げる。
「今回はファイヤーエンブレムが助けてくれたから怪我せずに済んだけど、もし同じことしてみなさい。
次から一切抱きしめるも胸に顔をうずめてすりすりするのも禁止にするからねっ!」
そくざにトレーニングルームに元気よく返事をしたパオリンの声が響く。
嬉しそうに、はにかみながら高らかに。
〜 Fin 〜
【 Pixiv初出:2011/05/26 // 『 仲よき事は美しき哉 』より 】