アポロンメディアはその日、朝から震撼した。
同社のヒーローであるバーナビーが社内を颯爽と歩くのはいつものことだ。
だが、そこに非日常的な要素が加わると人々は一瞬思考をストップさせてしまう。
思考が戻ってきた直後、各々まじまじと見直すのだ。
ありえないはずのものが、いまここに存在しているということを確かめたくなくて。
バーナビーに対し、非日常的な要素を加えているソレは歩みを合わせているかのようにゆっくりと歩く。
存在だけを知らしめ、けれど足音一つ立てずに悠々と。
そして思い出す。なにがあっても決して騒がないように――と今朝方上司から通達があったことを。
けれど普段と変わらぬ日常を送っていた者たちには刺激が強すぎるようだった。
先ほどから歩いているバーナビーの視界の中で己の頬を抓る者や、ぽかんと見つめたまま手にしていた書類を落とす者に、近くに居る者同士で囁きながら確かめ合う者。
それぞれの反応をちらりと盗み見ながらバーナビーは無理もない――と思考を巡らせた。
バーナビーは今、じゃらりと音を立てながら太く鈍い光を放つ鎖を手にしている。
そしてその鎖の先に繋がれているのは1匹の虎だ。それもかなり立派な体格の大きな虎だ。
身長が185cmあるバーナビーでさえ、その虎が隣に居るだけで小さく感じてしまうほどだ。
珍しいほどバーナビーへと社員たちは不躾な視線を送る。
そんな彼らの心情を汲み取ったのかバーナビーは虎に何かを呟き頭を撫で始めた。
行儀良く座り込んだ虎は撫でられるのが気持ち良いのか嬉しそうに目を細めたあと、するりとバーナビーの足に擦り寄った。
そんな彼らのやり取りを目撃した社員たちは一様に肩の力を抜き、安堵するのだ。
皆に手を上げて立ち去ったバーナビーたちの後ろ姿を見ながらそれぞれが仕事へと戻ってゆく。
だから皆は知らない。知っているのはバーナビーと虎だけだった。
一見すればバーナビーに懐いている虎、もしくは人に慣れた虎だとしか考えないだろう。
ちょっと突っ込んだ意見があるなら人の言葉を理解出来る虎――だろうか。
さきほどバーナビーが虎の名を呼び頭を撫でた行為こそ、虎自身がバーナビーへとお願いした行為だということに。
「本当に虎徹さんの言うとおりでしたね」
『――だろ?』
「確かに口で説明するより楽ですし、今の虎徹さん撫でるの気持ちいいからいいんですが……」
『まぁこういうのは見て納得して貰ったほうが手っ取り早いからなー。これからこんな感じで頼むわ』
「わかりました。――にしてもほんと手触りいいですね。気持ちいいなぁ」
トランスポーターに乗り込んだバーナビーはやや驚いた表情を、虎はにんまりとした虎らしくない表情を浮かべていた。
と、当時にバーナビーは先ほどのように虎の頭を撫で始める。今度はゆっくりと手触りを確かめるように。
『なに、バニーちゃん撫でるの気に入ったの?』
「そう、ですね。ついつい撫でたくなる程度には」
『ふーん。ま、俺もバニーちゃんに撫でられると気持ち良いからいいけどな。なんなら抱きついてもいいぞ?』
「え、いいんですか!?」
ぱぁと明るい表情を見せたバーナビーを見て、虎は笑う。
長く太い尻尾でバーナビーの頭を撫でながら。
――ワイルドタイガーこと、鏑木・T・虎徹。訳あって虎になりました。
―― END ――
【 書いた日:20011/08/25◆ABITIEYシリーズより◆初出:Twitter 】