映しだされた画面にはうつぶせのまま黒髪の男性が大きなベットで寝入っている。
そっぽを向くように寝ているせいで寝顔を見ることは出来ない。
しかし白いシーツとは対照的な、けれど日に焼けた褐色の素肌は肩甲骨のあたりまで丸見えだった。
寝顔を向けている方向から一匹の真っ白い犬――にしてはやけに体が大きく四肢も太くしっかりしている。他の犬種に比べるとやや釣り上がった目元に違和感を覚えさせる――が現れる。
首に巻かれているスカーフは首輪の代わりだろうか。真っ白な体の色と対照的に緋色よりもさらに深く落ち着いた色合いがやけに似合っていた。
口を開ければやけに長い犬歯が目につき、この犬がただの犬ではなく狼――もしくは狼の血を色濃く残す狼犬だと分かる。
彼は慣れた様子で布の橋を加え、カーテンを開け部屋に朝日を導いた。
「――んっ。シ、ン?」
眩しさで目が覚めたのか、シンと呼んだ男性の声に導かれるようにベットへと近づいた。
ふわっふわな尻尾を元気よく左右に振りながら投げ出されている男性の指先をぺろりと舐める。
ときどき起きた? ねぇ起きた? と小首を傾げる仕草は鋭い目付きに反して愛らしい。
まだ起きないのかな、とでも思っているのか犬はぽふりとベットへ顎を乗せた。
ほんの少しだけ時間が経って、再び犬は男性の指先を何度も舐めることで覚醒を促す。
「ん〜。わりぃ、今起きたわ。毎朝ありがとうな〜」
寝起きの掠れた声のまま大きな伸びを一つ。
起き上がったまま男性は節くれた大きな手でシンをふわふわな毛並みをわしゃわしゃと撫で回す。
吠えることなくやや乱暴気味に撫でられながら細められた目はやけに嬉しそうだ。
ベットから起きだした男性は下着姿のままもう一度大きく体全体を伸ばす。
あらわとなった男性の肉体は美しかった。大小の様々な傷跡が目に付くがそれすら男性の肉体美をより際立たせるものでしかない。
男らしい逆三角形に手足の長さ。女性が羨むほどくびれた細い腰。きゅっと引き締まった臀部。
男性はどちらかと言えば全体的に細身だ。けれど決してその胸板は薄さを感じさせないほどに厚みがある。
筋肉の一つとっても全てが見るものを唸らせるほどバランスよく綺麗に実用的な筋肉で覆われている。
一流のアスリートさえ、酷使している部分に筋肉が偏りどこかアンバランスな装いを見せるのに男性にはそれがない。
「んじゃ朝御飯にでもすっか……」
ゆったりとした歩調で男性は歩き出し、寝室を後にする。
シンも慣れた様子で男性の後について行く。はちきれんばかりに尻尾を振りながら足取り軽く。
画面は切り替わり、キッチンで冷蔵庫を開け中身を物色する男性が映り込む。
先程までは背中側からのアングルでしか映されなかった画像は真横からのアングルに切り替えられた。
だが男性の顔は鼻筋から下しか分からない。長い前髪が邪魔で目元が映らないのだ。
音を立てながら冷蔵庫を開閉した男性の手には赤い実――トマト――が二つ。
水道水で丸洗いしたあと片方だけ緑色のヘタを取り除いてシン用の餌皿に置けば美味しそうにむしゃぶりついた。
「ほんとそれ好きだよなー。お前は」
嬉しそうに語りかけながら男性もトマトに齧り付く。
一口、また一口と豪快に齧り付くたびに溢れ出てくる汁が男性の腕を汚してゆく。
同時に男性は腕を伝い床に落ちる前に躊躇することなく己の下でべろりと舐める。
赤い舌が褐色した腕を舐とる様はどこか艶かしく、朝なのにも関わらず男の色香が放たれ見るものを捉えてやまない。
もう一つずつトマトを食べ終えたあと、男性はシンの口をタオルで拭い自分自身も身支度を始める。
顔を洗い、髭を剃りそして邪魔だった前髪を整え全体のバランスを鏡で確認し始めた。
鏡越しに映しだされた男性の顔はオリエンタル系でありながら端正な目鼻立ちをし、耳から顎のラインはやけにシャープで髭すらない。
ややタレ目な目元は愛嬌があるためか、ただ格好良いだけの男ではないと教えてくれる。
男性の表情に浮かぶ笑みは二枚目とも、三枚目ともとれるものだから余計に己の見せ方を知っているのだろうと推測出来た。
しかしそれよりも目が惹かれるのは珍しい虹彩の色だ。
柔らかな眼差しのおかげか、血の色を連想しやすいのにも関わらず男性の目の色は優しい印象を相まって深みを帯びた綺麗な色彩を放っていた。
同時に男性の隣に行儀よく座り込んでいる犬のスカーフと同じ色なんだと分かるのも要因の一つかもしれないが。
キラリと小さく光った変わった形の小瓶を手にとった男性は己の手首に中身を軽く吹きかけた。
同様にウエスト辺りにも軽く吹きかけことりと音を立てながら元の定位置に戻す。
次いで男性は寝室へと戻りクローゼットを開けた。
ハンガーにかけられている衣装の中から彼は迷うことなく服を取り出した。
体にフィットするように作られたそれは自転車愛好家たちがサイクリング用にと好んで着ているものだ。
レーサーパンツは黒一色だ。しかし着たばかりの上着は黒をベースに彼の目の色のように深い赤が施されている。
背中には吠える狼のシンボルが同じ赤い色で描かれ、筆記体でレッドウルフと綴られている。
「シン、来いっ!」
左脇にピタリとシンが寄り添ったのを確認した男性はガレージの扉を開けて置かれている自転車にそれぞれ触れた。
一台はシャープな印象を与えるロードバイク。もう一台はがっしりとした印象を与えるマウンテンバイクだ。
「今日は……そうだなこっちにするか」
一度シンをゆっくりと撫でてからガレージ内に置いてある流線型のヘルメットを着用した。
メットにも同じシンボルマークが小さく描かれている。手袋も同様だ。
しかし色合いは着ている上着とは逆に深い赤をベースにシンプルに黒でまとめられており、シンボルマークの狼の目だけが赤くスタイリッシュな印象を与えた。
「んじゃま、今日は森ん中でも駆け抜けるるか――」
男性は楽しそうな、でも無邪気な子供のような笑みを浮かべながらロードバイクに跨り走りだした。
一拍おいたあとシンも男性の横を並行するように掛けてゆく。
そして画面には『――世界を駆け抜けろ!』という文字とレッドウルフの綴りが浮かび上がる。
映しだされていた小物が綺麗に並べられた直後、別のCMへと切り替わった。
レッドウルフというブランドは『遊び』をコンセプトに男性向けに作られたトータルブランドの一つだ。
そしてこのブランドが立ち上がってからちょうど一ヶ月後。
CMに起用されていた男性が明かさ、世間を驚かせることとなる――。
――― END ―――
【 初出:2011/09/17−Pixiv『 4S-RW/Red Wolf 』より/IC深緋(ふかひ/#c9171e) 】